台湾の壮絶な大学受験と大学ランキング

台湾留学

 

あなたは国立と私立とどちらの大学に入りたいですか?

 

国公立は学費が安いですから、家族から学費を出してもらう立場からすれば、家族に負担を掛けずに済むし、入れるに越したことはないですよね。

 

自分で学費を用意するなら尚更、国公立に入った方が経済的に大きなメリットがあるでしょう。

 

大学に入る前にそこまでわかる人がいるかは別として、どうしても自分の思っている校風と違うと思うとか、学びたい事が違う気がするという場合、必ずしも国立を選ばない人というのも、一定数いるのではないでしょうか。

 

大学選びって本当に難しいと思います。

 

みんなの国立大学に対するイメージ

 

私が住んでいる台湾で、台湾の人に聞かれた時に自分の大学名をいうと、みんな良い反応をしてくれます。母校の事で不快な反応をされたこともなければ、「それ、どこにあるの?聞いたこともない」などと聞き返された事も、一度もありません。

 

聞き返してくるのは、台湾に詳しくない、(日本人も含めた)外国人だけです。

 

でも、わたし自身、台湾の大学の事をあまりよく調べずに願書を出したものですから、自分の大学が台湾でどのようなイメージなのか、実際の所はあまりよくわかっていませんでした。

 

そこで気になって、いろいろと資料を読み漁って、人にも確認して、分かった事を今回は書きます。

 

台湾にも日本と同じように国公立大学があり、専門技術を学ぶ公立大学から昇格した国立科技大学があります。

 

その中でも、今も昔も不動のトップにいるのが、国立台湾大学です。

 

私は台湾で、専科から昇格した国立大に入ったと自慢する外国人に会った事があるのですが、台湾人はそこまで「国公立」である事にこだわっているのでしょうか。

 

それとも、もっと他に、大学の序列のようなものがあるのでしょうか。

 

まずは台湾の大学の歴史と、日本と異なる受験制度について見て行きましょう。

 

台湾の大学入試制度

 

あなたは聯考 lián kǎo という言葉を聞いたことがありますか?

聯考の正式名称は、大學聯合招生考試といいます。

 

少し前までは大學聯合招生考試しかなかった

 

聯考とは、1954年から2001年まで採用されていた台湾の大学受験制度の事です。

 

1949年当時、台湾にあった高等教育機関は、國立台灣大學、臺灣省立師範學院(師範大学の前身)、臺灣省立農學院(中興大学の前身)、臺灣省立工學院(成功大学の前身)の、たった4校だけでした。

 

上記を見ると、4校のうち大学と名がつくのは國立台灣大學の1校だけで、その前身は日本統治時代の1928年に設立された臺北帝國大學です。

 

当初この大学1校と専科3校は、それぞれに生徒募集をしていました。でも、なかには複数校に合格する生徒が出て来ます。

 

大学側が入学を許可し、来ると見込んでいた生徒が、何の連絡もなく他の大学へ行ってしまうと、大学側は欠員が出て、困ってしまいます。

 

年々受験生も増えて行き、それは学長たちの頭を悩ませる問題となって行きました。

 

そこで1954年に、日本の文部科学省に相当する機関の台湾教育部が会議を開き、4校同時に生徒募集を行う事を決定しました。

 

これこそが、大學聯合招生考試、通称「聯考」なのです。

 

聯考の方法に関しては、常に改善が加えられ、その制度は2001年まで続きました。

 

1950年の時点で大学と専科はまだ一緒に受験していましたが、甲組:理工学、乙組:文学、丙組:農業科学と医学、丁組:法律商学といった学問分野にわけて受験を行うように改善しました。

 

1972年には、高等教育機関が増えていたので、大学と專科はわけて受験する事にしました。

 

專科とは、日本統治時代の高等工業学校、工専を継承するもので、2年制、3年生、4年生、5年制などがありました。

 

台湾の大学受験の歴史

 

1954年~1971年 大学と専科が一緒に生徒募集をしていた時期

生徒募集の際、学問の分野(組)ごとに甲、乙、丙、丁と分けました。

受験内容は以下の通りで、学生は受験票に志望先を書いて提出し、試験が終わってから、その点数に応じて各校の各組に振り分けが行われました。

 

国語、英語、三民主義と数学は共通科目です。※三民主義とは、中国国民党創始者、孫中山氏が提唱した基本概念、”孫學”(Sunology)という科目だそうです。

 

組別 招生科系 考試科目
甲組 理、工学院各科系 国語、英語、三民主義、理科数学、物理、化学
乙組 文学院各科系 国語、英語、三民主義、文科数学、歴史、地理
丙組 農、医学院各科系 国語、英語、三民主義、理科数学、化学、生物
丁組 法、商学院各科系 国語、英語、三民主義、文科数学、歴史、地理

 

1972年 大学と専科を分けて生徒募集をはじめました。

 

1984年~2001年 この時期は、受験票に複数の学問分野(組)を記入し、受験できるようになりました。

 

組別 招生科系 考試科目
第一類組 文、法、商学院各科系 国語、英語、三民主義、数学乙(社会組数学)、地理、歴史
第二類組 理、工学院各科系 国語、英語、三民主義、数学甲(自然組数学)、物理、化学
第三類組 医学院各科系 国語、英語、三民主義、数学甲、物理、化学、生物
第四類組 農学院各科系 国語、英語、三民主義、数学甲、化学、生物

 

受験のチャンスはたった1度きり

 

受験科目などはわかったと思いますが、日本人からするとピンと来ない事があります。

 

特筆すべきは、台湾の受験生の将来は、この1度(試験は2日間行われる)で決まってしまうという事です。

 

日本では国公立と私立では受験日が違います。

推薦入試、一般入試、加えてOA入試まであるので、そこでも受験日が変わって来ますよね。

 

ですから「滑り止め」なんていう言葉もあるぐらいで、一般的には1校だけ受ける人はほとんどいないでしょうし、何回かにわけて受験する人が多いと思います。

 

しかし台湾の場合、チャンスはこの1度しかありません。

別の日程で滑り止めで受験する事が不可能なのです。

 

端的にいうと、台湾の大学受験には、日本の国立大学のセンター試験の部分しかなかったのです。2001年までは。

 

気になる台湾の大学ランキング

 

1996年の聯考の結果をもとにした大学ランキングを作成していたサイトを見つけました。もしこれから台湾の大学に正規留学しようと考えている人は参考になると思います。

(2022年現在、ページは移動したようです…。)

 

上位にずっと国立大学と私立の医学系大学が続くのですが、そんななか、我が校、輔仁大学は24位にランクインしています。

 

また台湾で毎年でる国内ランキングでも、企業が選ぶ大学に必ず名前が入るのが母校の輔仁大学です。

 

 

「八十九年度(2000年)の大學聯招錄取成績比較」というものも見つけました。

こちらは第一類組、第二類組、第三類組、第四類組といった学問ごとの分類のものしか見つけられませんでした。

 

その学問分野(組)の中で、今度は各大学ごとの合格者の成績が原始分數(Raw Score)が順位と共に書かれているわけですが、これを見るとどの学問組類でも、国立台湾大学が上位に入っている事がよくわかります。

 

中国国民党が台湾に入った頃、聯考を取り入れた頃にあった大学と専科は、4校だけでしたね。

その4校、すなわち台湾大学以外の、師範大学、中興大学、成功大学の名前も表の中で見つけることが出来ます。

 

また第三類組 医学院各科系では我が校の輔仁大学は14位に入っていて、第四類組 農学院各科系でも14位です。この分野では台湾大学と師範大学の次に中興大学もきて、12位に中国文化大学も入っています。

 

よく見るとどれも学ぶ内容が同じではないようなので、実際にはこのランキングだけで優劣を決めるのは難しそうなのですが、、、。名前が載っているだけでも、名門校と考えてよいという事だと思います。

 

http://163.28.10.78/content/senior/history/ks_rs/swei/grade.htm

 

台湾大学、師範大学、中興大学、成功大学が、今でも名の通った大学である事をご存じの方も多い事でしょう。4校とも台湾の大学の歴史の初期に創設されたものだと考えると、大変興味深いです。

 

日本の受験制度について、とある台湾人の反応

 

私は学費を賄うため、日本語を教える仕事をしながら大学に通っています。

ある時、生徒さんから日本の大学や受験制度について聞かれたので、日本では国立と私立を受験するチャンスがあると説明すると「なんですか、それは?!ずるい!」という反応が返って来ました。

 

確かに、そう思うのも仕方ないかも知れません。

 

生徒さんは大学も大学院も国立を卒業していて、とても優秀です。

特に大学院に至っては、国立台湾大学を卒業しています。

 

そんな生徒さんでも、日本の大学受験制度は、ちょっと「ずるい」と思ってしまったようです。

ズルいという言葉を使っていますが、言い換えると、「受験のチャンスが何回かあるなんて、うらやましい!」という事のようです。

 

私の生徒さんは聯考で入試を受けた、文字通りたった一度きりの受験で合否が別れた世代だったのです。

 

それがいきなり翌年の2002年からは入りたい学校を指定して入試が受けられるように変わりました。

 

次回は台湾の大学の歴史のつづきや進学率、そして2002年から導入された新しい受験制度について書きます。

 

あなたの台湾の大学に対するイメージが少しでも明確になりますように。

そして台湾での大学選びに困っている人の参考になればうれしいです。

 

さて、台湾で大学入試の試行錯誤が行われている間、我が母校の輔仁大学はどうなっていたのでしょうか。

台湾で日本人の手によって臺北帝國大學が設立されるより3年早い1925年に、中国北京ではアメリカのベネディクト会(現代も活動するカトリック教会最古の修道会)により大学予科として創設されました。後の1927年には正式な大学として政府からも許可を得て学校運営しています。

順風満帆に思えた輔仁大学でしたが、中国大陸で起こった共産党と国民党との長い内戦の影響を受けます。1956年に台湾で復興計画が持ち上がり、準備期間を経て、1961年遂に台湾で授業を開始する事ができ、そして今に至ります。

 

 

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