台湾で差別にあって気づいたこと

新型コロナウイルス

こんにちは、マリアです。

私はいまブログを台湾の家から書いています。

 

本来なら3月2日から授業に出席できたのですが、私はなんと2週間も家に閉じこもるはめになってしまいました。

 

大学の各関係者から連絡が入る日々

日本には1月から帰っていました。

新型コロナウイルスの状況が刻々と変わっていくなか、私の所には台湾語学留学の5年前から登録している日本外務省から発行されるたびレジと日本台湾交流協会の両方からの通知を受け取っていました。

 

そして大学からは自身の学部と、私は外国人留学生なので留学生をとりまとめる部署からも注意勧告のメール、台湾政府の要請を受けての健康状態といつ帰国するかを尋ねるメールなど何回も届き、返答が必要なものには締め切りまでに回答しています。

 

プライベートでは台湾にいる友人・知人が情報をくれましたし、同じ学部のクラス会長から「学部秘書があなたと連絡取れないって言ってるんだけど、いつ台湾に戻る?」など、いろいろな所から捜索されていました。

 

この秘書が私と連絡をとれないという件に関しては、私は何の連絡も受け取っていなかったのでクラス長に、何の連絡なのか尋ねたのですが、いつ戻って来るかを知りたいだけで、それだけわかれば大丈夫という事だったので、そのままにしておきました。

 

後で秘書に直接確認してわかったのですが、彼女がメールアドレスのタイプミスをしていたのを「マリアと連絡が取れない!!」という騒ぎになっていたようです。

 

クラス会長の他にも前学期から引き続きグループでレポートを提出しなければいけない同級生や、外国人の私をフォローしてくれる優しいクラスメイトからも個別に連絡をもらっていて、いつ台湾に戻るか話してあったのですが、それらの情報が活かされる事は一切なかったようです。

 

大学というのがもともとそういうものなのか、急な事で情報が錯綜していたのかはわかりませんが、冬休み中はいろいろな所からバラバラに連絡が来ていて、何回も同じような内容を返事しなければならず、かなり煩わしかったです。

 

新型コロナウイルスの情報は自分で確認していた

私たちの大学では、正規留学生として入学すると、外国人の生徒には同じ学部のボランティア・バディが付くという制度があります。

 

台湾のお友達から聞いた話では、この制度は文化大や東呉大にもあるそうなので、台湾の大学ではわりと一般的な事のようです。

 

ところが私のバディは「何か知りたい事ある?」と聞いてくるタイプで、何週間かしたら卒業して韓国へ行ってしまう人だったので、右も左も、何がわからないかさえもわからない私は、結局大した事も聞けずに終わってしまいました。

 

その頃から現在に至るまで私が本当に困った時に頼りにしているのは、文化大の語学学校時代に知り合った、私よりも中国語の読解レベルが上で、日本の有名大学を院まで6年間通っていたお友達です。

 

そのお友達は私に替わって大学のサイトを見てはいろいろ教えてくれました。

そんな大学入りたての時によくいわれたのが「情報は自分で探す。何事も自己責任で。」という事でした。

 

お友達が大学に入った頃に学校からよく聞かされていた言葉だそうで、受け身で「それ知らなかった~!」「そんなの聞いてませ~ん。だから単位取れませんでした~。」というのはダメですよという事だそうです。

 

もう大学も3年生になり、そのお友達からもそう言われていたので、自分の大学の新学期が延期になりそうだというニュースは、自身で台湾のニュースサイトをチェックして情報を掴むことが出来ました。

 

ですが大学の公式サイトでも情報の更新がないので、正式発表はまだかと心配になりました。

そこで学部で使っているLINEに「3月2日で決まりか誰か知ってる?」と聞いたところ、返事をくれたのはたった一人で、ただ「毎日2回大学のサイトの進捗情報確認したらいいよ!」と言われただけでした。

 

その時はまだ2月に入ったばかりでしたが、空港へ行けばいろいろな国籍の人がたくさんいるだろう事を考えると、この時期に飛行機にのるのを個人的には控えたかったので、3月2日が確定なら台湾に戻るのを遅らせようと考えていました。

 

それには日にちがはっきりしていないと困るのですが、協議が長引いたのか、その時点では誰も情報をキャッチしていませんでした。

 

そのやり取りを見ていた担任の先生からも少し待つように言われていたのですが、それだけでなく、いろいろ情報を探して下さっていたようで、お昼過ぎになってようやく新聞社のサイトに掲載された新学期延期のニュースURLを教えてくださいました。

 

スタッフが確保できていなかったのか不明ですが、大学のサイトで情報更新されたのは、それより後だったと記憶しています。

 

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新学期が延期になった事は2月の時点でわかっていましたが、台湾人のお友達からは、日本人が台湾から入国禁止対象にされる可能性もあるので、早く台湾に戻ってきた方がいいかもしれないと忠告を受けました。

 

ですが飛行機は3月1日のものに変更していました。

私は日本人です。そして日本が大好きです。いくら台湾が好きで、台湾にたくさんお友達がいるとしても、日本人が入国拒否対象となるのなら、日本に留まる覚悟は最初から出来ていました。何より、そこまでして渡航しなければいけない理由が私にはありませんでした。

 

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私に最後の捜索されたのは、登校初日です。

大学に入って三年間の間で、私がいまどこにいるのかを大学から聞かれた事はこれまで一度もありませんでした。聞いてくるのはいつも仲の良い友達だけでした。

 

この日は担任の先生から珍しく個人的にLINEが来て「マリア、いまどこにいるの?」と聞かれました。

 

相変わらず捜索されているなと思いつつ、午前の授業を休んだのでその件で何か言われるのかと少しドキドキしながら、大学に向かっている最中だと答えると、「あなた家にいなくていいの?」と聞かれました。

 

そこで私は、熱もないし、体調もどこも悪くないです。私は自主健康管理の対象だから、登校していいものだと思って、もうすっかりMRTまで乗ってしまっています。でも、私も正直なところ、中国語の意味をきちんと理解できているか不安なので、確認してもらえませんか?もしダメなら家に帰りますので。というと、先生は「ちょっと待っててね」といって、自主健康管理の内容を確認してくれました。

 

担任の先生からは割とすぐに答えがきて「あなたマスク付けてる?症状ければマスク付けてれば登校して大丈夫よ!」とお墨付きをいただきました。

 

台湾で外出するならマスク必須

いま台湾ではマスクの販売に規制がかかっているため、台湾政府が発行した身分証を持参し、決められた曜日にお店に並ばないとマスクが買えない日々がまだ続いています。

 

先生もお友達も、台湾に着いてすぐの私がマスクを持っているか、その事をとても心配してくれていて、担任も「マスクをつけているなら登校していい」といったのです。

 

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台湾好きな私としては、とっても残念なのですが、私は台湾で頻繁にアレルギー症状が出ます。それに加えて、台湾で生まれてはじめてのインフルエンザにかかった経験もあるので、新型コロナウイルスとは関係なく、もう何年も前から台湾の部屋には箱買いしたマスクを常備しています。

 

ですから、この日も問題なく外出できたのです。

 

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通路が封鎖されていた

私たちの大学は予定通り3月2日から授業を開始しました。

今学期は月曜の午前中から授業が入っています。

 

私は日本の大学に行ったことがないので、これが台湾の大学だけなのかわかりませんが、大学の授業の第一週目は、今後どのように授業を進めていくかの説明や、グループで進めていく授業の場合は、グループを分て終る事がほとんどで、抗議自体す。

 

うちの学部は4年生まで必須科目があるという授業構成です。今学期は月曜日は朝から授業があったのですが、一日前に飛行機に乗って帰ってきたばかりで、しかも今回の事があり精神的にも疲れていたので、午前中は思い切って休む事にしました。

 

そして気力も充満した午後から授業に出席するためMRTに乗って大学へ向かいました。

 

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電車の中は平穏を保っていました。特に変わった所もありませんでした。

 

ただ大学がある駅に着くと、使い捨てタイプのマスクをつけた生徒たちがエスカレーターに並んで乗っているのがとても印象的でした。

 

台湾の夏季は暑いのでマスクをつけていると息苦しく感じます。

それに以前の台湾では、バイクにのっている人が布製マスクをつけているという印象が強かったのです。

 

これには少し驚きましたが、予防策としてはお互いにマスクをしていた方が安心だと思われるので、少しほっとしました。

 

駅に着いたら授業開始まであまり時間がなかったので、私は正規のルートではなく近道して行こうと思いました。

 

じつは駅からバイク駐輪場を抜けてキャンパスに入れるのですが、駐輪場から校内への階段には黄色いテープが張ってあって、通り抜けが出来ないようになっていました。

 

駐輪場がダメな場合、校内へ入るには3通りの手段があります。

 

人が少なくてサッと行けるのは、正門の手前にある産学連携のスーパーの前を抜けて行くルートです。そこで行こうとしましたが、いつもなら解放されているドアがすべて封鎖されていて、通り抜けできなくなっていました。

 

表に出て気づいたら、こんな貼り紙が何か所かに貼ってありました。

 

残るは正門から入るしかないのですが、スーパーから行くと、郵便局の横を抜けると近道だったりします。

 

ですがよく見ると、郵便局の前までは行けるのですが、そこから学内へ入れないように、ここもまた黄色いテープで封鎖されていました。

 

黄色いテープに何か所も遮られ、通れる所だけを歩いて行くと、自然と決められたひとつのルートしか通れないようになっていた事が後でわかりました。

 

その先に見えて来たのは、空港さながら検疫スペースでした。

 

すべてはここを通る為の対策だったのです!!

 

大学の検疫対策

大学へ着くと数人の職員さんが立っていて、私の後ろの生徒に向かって何かいっていました。よく聞くと、「生徒さん、帽子とって~!」と声をかけていました。

 

そこには、な、な、なんと、サーモグラフィが置かれていました!!

 

すごいな、うちの大学。

 

私は日本にいた時に、台湾からのニュースを連日聞いていたので、万が一感染してしまったら入国拒否されたり、隔離されると可能性があると知っていたので、歯医者さんと日常の買い物以外はほとんど家から出ずに過ごしていました。

 

家族や友人はふつうに日常生活を送っているのに、私だけ引き籠り状態で、みんなにすごく申し訳なく、こんなに自分が無力で情けなく思った事はこれまでにありませんでした。

 

そこまでしているのに、テレビのニュースを見ていると、ちょっと怖くなって来て、ほぼ毎日体温をはかってもいましたが、幸いなことにずっと平熱でした。

 

飛行機に乗る前日も熱をはかって、やっぱり平熱。

空港のサーモグラフィも検疫も何の問題もなく通れた私ではありますが、もしかしたら日本人だという理由で、いろいろ質問されたりしないか少しだけ不安はありました。

 

結果は、熱がないので、セーフでした!!

 

輔仁大学の検疫所:サーモグラフィを監視する職員さん達

 

先生のオフィスや学部オフィスへの入室も厳戒体制

授業を受ける教室には得に何も置かれていないのですが、先生方のオフィスや、部のオフィスなど、事務所に相当する所へはそのまま入れない事になっていました。

 

オフィスの前にはどこも貼り紙が掲示されていて、そこには、以下のように書かれています。

 

オフィスに用がある人は、

1.消毒

2.体温を測り

3.紙に書いてから行う

 

素直な学生はこの通りにすると思うのですが、個人的に体温計と記載する紙、さらにはボールペンが共用な事が気になりました。

 

全員が先に消毒すれば意味があるのですが、もし消毒を忘れて体温をはかったり、ペンを使ったりしたらあまり意味がないような気がしました。

 

何もこの大学に限った事ではないのですが、ここはぜひペンを持ち歩き、自分のペンを使う習慣を持ち、共有の物を触った最後にもアルコール消毒するようにして欲しいなと思います。

 

輔仁大学のオフィス前の様子

 

病原菌扱いを受けた日

大学の午後の必須科目の講義を受けようとした時の事でした。

 

私は何度も近道をしようとしていて、逆に時間がかかってしまい、少し遅刻してしまったのです。

実はこの先生の授業は、一週目の授業の欠席さえも認めない厳しい所があります。まだみなさん記憶にも新しいと思うのですが、前回は台湾に戻る前に台風が日本を襲い、千葉にある成田空港は陸の孤島となりました。

 

飛行機は往来していましたが、私は空港まで辿り着くことが出来ず、最初の授業を欠席せざるを得ませんでした。

 

天災ですので、他の先生方は理解を示して下さり、逆に大丈夫かと心配して下さったものですが、この先生だけは、いつまでもいつまでも、その第一週を欠席した事を私に指摘し続けました。

 

それぐらい厳しい先生の授業です。

今回の遅刻は私が100%悪いです。ものすごく反省しています。

 

教室の入り口に着くと、教室では既に60数名のクラスメイトが席についていて、案の定、講義は既にはじまっていたようでした。

 

大学では多くの先生がマイクを使って講義をします。この先生もそうでした。

 

教室に入ろうとすると先生が入り口に立っていた私に気づきました。

私は思わず怒られる!!と覚悟しました。

 

すると先生はマイク越しに私に向かって意外な事を言って来ました。

「マリア、あなたなぜ大学に来てるの!いつ日本から戻ってきたの!」

 

私は答えました「昨日の夜の飛行機で戻りました」。

 

教室所狭しとマスクを付けて座っている同級生たちが私の方を見ています。

 

遅れてきて、ほんと申し訳ないと思いながら、空いた席を探そうとすると、先生が続けていいました。

 

「あなた昨日台湾戻って来たなら学校来ちゃダメじゃない!授業には出られません!!帰りなさい!!」

 

私は台湾政府と大学からの通知をほぼ毎日チェックしていました。

担任の先生はついさっきその内容を確認してくれていて、マスク着用なら何の問題もないといってくれたばかりなのです。

 

この先生は何か誤解しているのではないかと思ったので、空港でも尋ねられた内容を思い出していいました。

「私は中国へは行ってませんし、中国からも来てません!!」

 

それを聞いた先生は、でも日本はいまダメでしょう?の一点張りで、教室では誰かがPCを操作して政府の渡航注意情報の表をプロジェクターに表示してくれていました。

 

仲の良いお友達の一人が先生に向かって「マリアは日本からだから、第二級扱いですよ。イエローです」と助け船を出してくれたのですが、先生はマイクを使い、その場にいた生徒と私に向かって言い放ちました。

 

日本はいま非常に危険な状況なので、ダメです!

 

自宅待機といわれる可能性もある程度は想定していたのですが、そういう決まりなら先に連絡が欲しかったと思いました。

 

それにマイク越しに60数人から70人近くいる生徒に向かって「日本はいま非常に危険」と印象操作にもつながる発言を教壇に立つ立場の先生がした事に非常にショックを受け、また同時に複雑な負の感情がふつふつと湧き上がってくるのがわかりました。

 

かなり早めに台湾に戻って来ていたのか、中国と陸続きの香港から来ている同級生も教室にはいて、そんな状態の私と目があいました。

 

私は先生に向かって「教室から出て行けというのなら出て行きますけど、それで単位はいただけるんでしょうか?」と至極当然と思われることを質問すると、先生は明らかにイラついた様子で「それはあなたの担任に聞くこと!私に聞く事じゃないです!担任の所に行きなさい!」と返されました。

 

先生が政府と大学の取り決めを把握していないのか、それともその場の判断で決めた事かわかりませんが、「日本はいま非常に危険な状況だから授業に出席させない」というひと言が、ものすごく不快でしたし、そんな風にあの人にレッテルを貼られている日本で日々恐怖や不安と闘いながら頑張って生活している家族や友人の事を思うと、ものすごく腹が立ちました。

 

こんな事なら、台湾なんか戻ってるんじゃなかった!

来てもらっちゃ困るなら、早くいってよ!

 

と思ったのが本音です。

 

家に戻るなら戻るで構わないけれど、すべての用事を済ませてからでないと面倒くさいので、担任の先生のオフィスに顔を出して今起きたばかりの出来事を話しました。

 

先生は話を聞くや否や、その先生に立ち会って下さることとなり、そのあいだ私は一階にある学部のオフィスの外で待つよう指示されました。

 

今まで仲良くしてくれていた学部の秘書さんも、秘書のアシスタントの子も、私の話を聞くなり、嫌がって近づこうともしません。

 

休みにしなきゃいけないなら書類書かないといけませんよね?書類取らせてくださいというと、明らかに私よりも1~2メートルの距離を取って、オフィスに入って来るなといいます。

 

こんな事が起きる前は、帰国を前に自宅でカットしたけれど食べきれない果物やヤクルトを、捨てるのもったいないので秘書のアシスタントの子に持って行ってあげて、彼女もそれを喜んで受け取って、ランチの時に食べているのを私は知っているのです。

 

キャンパス内で会えば、秘書もアシスタントの子とも気軽に挨拶する仲でした。

 

それが、新型コロナウイルスが世界中に蔓延したおかげで、相手の態度が180度変わってしまう瞬間を目の当たりにしました。

 

まるで病原菌そのものであるかのような扱いを受けながら学部オフィスの傍にいるのも嫌なので、少し離れた所でぶらぶらしながら待っていると、担任が先ほどの先生からの伝言を預かって降りて来ました。

 

担任はあなたには2つの選択肢があると最初に前置きし、続けてその内容を話してくれました。

 

1.家に帰り14日間自宅待機。休んだ分は補修になるので、やり方は各先生の指示に従う

2.授業を受けても良いけれど、マスク着用の上、他の生徒と1メートルの距離を保ち、先生指定の席に座る

 

どちらの内容も居家隔離、もしくは居家檢疫に相当する人に取られる処置です。

 

非常に納得が行きませんでした。

 

待っている間、大学の先輩にLINEでこれまでの経緯を説明して、ものすごく嫌な思いをしていると愚痴を聞いてもらっていると、留学生を管轄している部署に言った方が良いとアドバイスをもらったので、新学期後のいろいろな手続きの事もあるので、電話をしてみました。

 

その部署の人にまた同じ経緯を話し、まず、私の解釈が間違えているか尋ねました。

大学としての回答はこうでした「君は、マスクをつけていれば授業を受ける権利がある」。

 

ですが実際には現場の先生から拒否されているので、他の授業も休まなければいけないのか、その判断はどうれば良いのかについて更に尋ねると「それは各先生と話し合って下さい」というまるでお役所の悪い例のような回答があっただけでした。

 

話をまとめると、こういうことです。

『大学側の規則では君には授業を受ける権利があるし、政府もそれを認めてはいるけれど、もしそれを拒む先生がいるのであれば、それは先生と直接協議して決めてください』

 

私がもしこの先生の立場だった場合、やはり感染者が沢山でている国から昨日着いて、今日授業に出席されたら、とても不安な気持ちにはなると思います。

 

ですがマイクを使ってみんなの前で「いまのあなたの国は非常に危険な状態なので、授業を受けさせるわけには行きません!帰りなさい!!」とは、間違ってもいわないと思いました。

 

来てもらって困るのであれば、事前にその生徒に通達しておくなり、もっと他にやり方があるはずだと思うのです。

 

あんな風に日本は危険だと宣伝されてしまった後になってから、いくら他の先生に慰められ『あなたには授業を受ける権利があるのよ』といわれたところで、もし14日の間に私とは関係ない所から感染者が出たとしても、その感染源を明確に特定する事は難しいでしょう。

 

仮に感染源が私ではないと判明したところで、どれだけの人がそれを信じてくれるでしょうか?

 

既に「病原菌をつけたまま日本から来た」ような疑いをかけられた以上、自分がいかに正しいかや、自分が学ぶ権利を声高に主張し、授業に出席するのは、非常にリスクが高いと判断し、14間の自宅待機を選びました。

 

くり返し書きますが、私は自主健康管理の対象であり、自宅隔離または自宅検疫の対象ではありません。

 

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みんなの反応

台湾の住まいに戻ってからすぐに母に電話をしました。

台湾でこんな目にあって、今すぐにでも日本に帰りたいと言ったのです。

 

一緒になって怒ってくれるかな?それともこの話を聞いて悲しむかな?と思いましたが、母は私にこう言いました。

「いまここで帰ってきたら、あなたのこれまでの努力はどうなるの?

ぜんぶ無駄になってしまうでしょう?

昨日台湾に着いたばかりだから、あなた疲れてるのよ。

あなたは日本にいる時から綺麗好きなのだから、台湾でもきっと大丈夫よ。

14日間の自宅待機をいま受け入れれば、後になってみんなも、ああ大丈夫だったんだって証拠にもなるでしょう。14日間、家でゆっくり休んだらどう?」

 

親というのは、すごいものですね。

 

同じクラスの成績もよく面倒見も良い子たち、それに二人の担任の先生は翌日から、しかも自主的にかわるがわる私にLINEや電話をくれました。

 

年が離れているし、国籍も違うけれど、友達っていいものだと思いました。

少なくとも私に連絡をくれたみんなは、私の事を気遣ってくれ、私たちはあの先生のあの時の反応は少しどうかしてると思ってると言ってくれました。

 

クラスメイトや先生の中には「嫌な思いさせてごめんね」と謝ってくる人たちさえいました。

 

その人たちは私に対して、直接何か不快な思いをさせたわけでもないので、謝らないで欲しいと伝えました。

 

嫌な事があってから数日は、悔しい思いや友達の優しさに感動したりで、何回も泣いてしまいました。

 

先生の中には私が家でひとりでご飯を食べているかや、マスクが足りているかなどを気遣って、たくさんのプレゼントが入った小包をメッセージカード付きで送って来てくれた人もいました。

 

新型コロナウイルス騒動で思うこと

私は日本にいた時は、安倍政権はなぜもっと早く入国拒否制限をしないんだと不満に思っていました。それにもっと早くいろいろな措置を取るべきだとも思っていました。

 

それは私が日本人で、日本にいて直に感じていた不安であり、私だけでなく、私の家族や友人たちを危険にさらされた状況から少しでも守りたいと思ったからの事でした。

 

なるべく家にいるようにはしていましたが、必要に迫られ町に買い物に出る事が何度かありました。

 

すると中国語や韓国語が聞こえて来る事が時折ありました。

 

以前なら中国から来た人か、台湾から来た人か、よく聞き耳をたてていて、それを当てるのも楽しみでした。道に迷っている中国人親子に積極的に話しかけ、道案内をした事も何度かありました。

 

でも新型コロナウイルスが蔓延してからというもの、私は中国語を少しでも聞くと逃げ、距離を置くようになっていました。

 

台湾に来たいま、今度は私がそれをされる番になっていました。

 

私はあからさまにわかるように避けるような事はしていないつもりはあったので、あの人たちが私の行動をどう思ったかはわかりませんが、もしかしたら同じように傷ついていたのかも知れないと、少しだけ思いました。

 

今回台湾が取っている対策を台湾の多くの国民が支持し、政府の支持率も実際上がっていると台湾の人たちから聞いています。

 

台湾入りするまでは少し半信半疑でしたが、確かに台湾の感染者数は少ないですし、台湾の初動が良かったと思います。

 

それでも自分がこういう立場になって思ったんです。

台湾は着々と鎖国を続けている。しかし近くに来た客船の入港も拒否した過去もある。

 

日本は先進国として、いきなり鎖国のような状況にするのはかなり難しかったんだろうなと思いました。

 

ダイヤモンドプリンセスを入港させたこと。すぐに入国拒否を行わなかったこと。

どれも人道上の観点にたった一貫した対応に思いました。

それが国際的国家である日本が選択した道だったのではないかと。

 

それが正しいか、正しくないかは私が決める事ではありません。

 

ただ、私がそう思っただけです。

 

個人的にはもう10年以上前から思っている事ではありますが、これからはリスクを一か所に集中させるようなことはせず、いろいろな国と広くお付き合いしながら、リスクヘッジできるような仕組みに変えて行って欲しいと思います。

 

自宅待機中の14日間の生活

さて、私は自宅待機を自ら選んだその後、どのような生活をしているのでしょうか?

 

大学からは公休手続きを取って下さいと指示がありました。

個人的には公休なので、もういっそのこと14日間はお休みにしてもらって、毎日ダラダラと過ごさせて欲しいところなのですが、何故だか自宅からオンライン会議システムを使って授業への参加をもとめられています。

 

しかもレポートなどの提出もふつうにさせられています。

 

講義の内容は資料をよく読めばわかるものばかり。

ディスカッションも発言も特に求められないので、なんだかとても気が抜けます。

 

自宅待機の生徒は私だけかと思ったら、もう一人マカオの子が会議システムで授業に参加していました。

 

私は来週から授業に戻れますが、香港・マカオからの入国もかなり早い段階で規制され、そのまま継続中なので、彼女が大学に戻れる日がいつ来るのか誰もわかりません。

 

後期の授業も夏の教育実習も彼女は出る事が出来ません。

 

まさか楽しいはずの冬休みの間にまさかこんな事が起こるとは、私たちは誰一人として想像もしていませんでした。

 

私たちと新型コロナウイルスとの戦いはもうしばらく続く事でしょう。

 

私は新型コロナウイルスについて連日調べに調べ、書きに書きすぎて、だんだん元気がなくなってきてしまいました。ですからこの事について書くのはこれを最後の記事にしたいと思っています。

 

神のお告げを思い返してみる

最後に少し不思議なお話をしたいと思います。

 

私は台北でよくいくお寺がいくつかあります。

去年はアルバイト先の近くでもあったので、頻繁に台湾人から厚い信仰を受けているあるお寺に頻繁に訪れては悪い気を払ってもらっていました。

 

去年の11月末頃だったと思います。

台湾での大学生活をもう終わりにしたいと思い、神様にお尋ねしてお神籤を引きました。

その結果を持ってお神籤の解説をしてくださるスタッフの方の元を訪ねました。

 

その方は私のお神籤を見て言いました。

「あなた、神様に何とお尋ねしたんですか?これでは良いも悪いもわかりません。台湾に残った方がいいか、日本に帰った方が良いか、それぞれ一枚ずつお神籤を引いてまた持ってきてください」

 

私は言われたとおりにして2枚のお神籤を持っていきました。

するとその人はお神籤を見て言いました。

 

「あなたはどうして大学をやめて日本に帰りたいの?お金の問題?

理由は何だかわからないけれども、このお神籤の結果を見ると、今は日本に帰らない方が良いとあります。ここ、見てください。」

 

見ると日本の解釈のお神籤は見事に「下」と書いてあり、台湾の解釈のお神籤には「上」と書いてありました。

 

そんな風にお神籤を見るのだと、その日初めて知りました。

 

その人は言いました。「いま日本に帰っても、仕事がないとか、いろいろ苦労する事になるから、少なくとも後半年は台湾に残って勉強した方がいいと神様は仰ってます」

 

昨年は日本経済は少しずつですが上向いてきていて、求人倍率も少しずつ上がって来ていたと記憶しています。この人は何をおかしな事を言ってるんだろう?

 

冬に求人出す企業は夏に比べると少ないのかな?これが本当なら、この分じゃ冬休みに日本でバイトしたくても見つけるの難しいのかな?

 

大学に合格した時、今から四年と思うと長くて気が遠くなりそうだったので、いつも「あと半年、後半年だけ頑張ろう」そう思って今日まで来ました。

 

ですから、後半年は長いと思いながらも頑張る事に決めました。

 

帰国し、長い事行っていなかった祖母のお墓参りに行きました。

なんとなく気になったのでお神籤を引くと、数十年ぶりに凶のお神籤を引きました。

 

凶を引いて落ち込んでいる私に、母はこういって励ましてくれました。

「凶っていうのはね、いまがいちばんどん底なんだから、これ以上悪い事は起きないの。これからどんどん上に上がっていくっていう意味なのよ」と。

 

後日談(2020年3月18日追記)

台湾も春先のお天気は安定せず、急に冷え込むことがあります。

寒い東京から戻ってきたので、そんな事はすっかり忘れて薄着で過ごしていたら、どうやら風邪をひいてしまったようです。

 

でも熱はないんです。

東京にいた時から毎日気になって熱をはかっていたのですが、その時からずっと平熱なのです。

症状はただひとつだけ。

お布団に入って横になると咳き込むんです。

 

 

日中はそれほどでもないのですが、咳をしたら大変な事になるのかな?とドキドキしたり。

咳をしちゃだめだ、咳をしちゃだめ!と思うと、よけいに咳がしたくなります。

 

これは何?

上気道の症状ってなに?

自分から政府に通報しないと罰金とられるの?

 

なんだか急に不安になって来ます。

 

そこで昨日の朝、いま住んでいる所の人に紹介してもらった評判がいいという耳鼻咽喉科に行って来ました。

 

診療所にかかる前、一つだけ気がかりな事がありました。

日本へ帰る前に引っ越しをしたのですが、保険証の住所変更をまだしていなかったのです。

住所が違っても保険証番号は変わらず使えるのが台湾なのですが、後で変更すると説明しなければいけないなと思いながら、少しめんどくさいなと思いました。

 

診療所に着いて受付の人に促されて保険証を出しました。

 

すると案の定住所を聞かれたので、住所を教えたのですが、新しい住所なのでうろ覚えだったため、途中で言葉に詰まると、向こうからその続きを言って来ました。

 

それに続けて、あなた日本から戻って14日ですね?と言われました。

 

以前は保険証の住所が変わった時は、自分で役所へ行って変更手続きをしなければいけなかったんです。それが面倒で仕方ありませんでした。

 

でも、どうやら、私が日本と台湾を行き来している間に、私の新しい住所を身分証から割り出して、何者かによって私の保険証の住所データが更新されていたようなんです。

 

私は思いました。

ラッキー!役所行って住所変更しないで済んだ!!

てか、そーゆーことできるんじゃん。なら最初からやっといてよ~。アハハ!

 

いやでもよく考えると。怖いです。住所の変更手続きが勝手に終わっていて、しかも渡航歴まですべてバレてます。

 

まあ、バレて困る様な事はしてはいませんので良いのですが。

 

次に診察室に呼ばれて入りましたが、先生が開口ひとこといいました。

「そこに座ってください。あなたまだ日本から帰ってきて14日なので、検査しませんよ。薬だけ出しますね。」

 

やっぱりこの先生もうちの大学の先生と同じで私の事が怖いんだ。

だから検査してくれないんだ。と思いました。

 

私は先生から2mぐらい離れた耳鼻咽喉科によくある黒い椅子に座りました。

先生の気持ちもわからなくはないので、自分にあったお薬を出してもらいたい一心で、自分の症状をペラペラと話したいだけ話しました。

「熱は毎日朝晩ずっと測ってるんですけど、平熱なんですよ!でも咳が出るんです。なんでしょうか、これは?風邪ですか?それとも日本で花粉症だったので、その名残ですか?」

 

先生は聞くだけ聞いて、隣から薬を出しますと、結局自分の椅子から一歩も動くことなく、言いました。

 

私は先生にお礼を言って、お薬をもらって、これで安心だと思ったら嬉しくなって、ご機嫌で病院を後にしました。そして少し歩いていて、ふと気づいたんです。

 

あれ、そういえばあの先生、検査しませんって言ったけど、熱すら測ってくれなかったな。

それに聴診器を当てて肺の音を聞く事すらしなかった。

 

マスクしたままなんだから、それぐらいやってくれても良かったんじゃないの?

診察もしないで、薬だけ出して、診療費は100%ふつうに請求するって、おかしいな。そこは割引とかないのかな?と思ったら、少し笑ってしまいました。

 

私はお医者様ではないので、よくわからないのですが、耳鼻咽喉科だと肺の音はきかないのでしょうか?

 

最初は笑っていたのですが、一人で部屋にいると、コロナかどうかの問題ではなくて、私はそもそも肺炎じゃないのかどうかが心配になってきました。

 

肺の音なんで聞いてくれなかったの?

私の身体だいじょうぶ?

 

どんどん不安になって来ました。

 

お医者様からは薬をきちんと飲んでください。学校には行っても大丈夫です。と言われていたのですが、何の診察もしてもらってないので、何を根拠にそう言われたのか不安になりました。

 

お医者様の長年の勘?

でもそれなら普通に診察してくれても良いんじゃないの?

 

 

昨日は2回だけ薬を飲みまして、鼻詰まりが改善している事だけは気づきました。

とにかく薬だけ飲み続けよう。

そう思って、朝起きて、授業に行ったのですが、じつは明日は幼稚園で実習があるのです。

 

今日は珍しく子供たちが何人も学部の方に来ていたので、その姿を見ていたら、万が一クロだったらどうしようと、また不安が蘇って来ました。

 

台湾は日を追うごとに本気で鎖国でもするのかというような勢いで、入国禁止の対象国を増やしています。台湾にいてもコロナの事で気兼ねなく話せるのは日本人のお友達ぐらいです。

 

お友達にいいました。「あのね、わたし咳出るんだよね。でもこれさ、なんか学校休めって言われて家にいたから、それで元気なくなっちゃったし、ずっと家に引き籠っちゃってるしで、気分の問題で、自分で自分を病気にしちゃってるってこと、あると思う?」

 

するとそのお友達は教えてくれました。

「あのね、ほんとにあるんだってよ、そういうの。新型コロナウイルスシンドロームっていって、ほんとはなってないのに、気分だけでそれっぽい症状出ちゃうんだって」

 

これってもしかして、シンドローム?

そうは思いつつも、幼稚園に行くとなると、やっぱり行って大丈夫かどうかはっきりさせたくなってきました。

 

もともと大学には併設の診療所と大学病院、薬局があるので、そこへ行く事にしました。

授業が終わってから診療所へ行くと、外に受け付けが設置されていて、保険証を出して下さいと言われたので渡しました。

 

その人は、何かの機械にそれを通したのですが、その後あきらかに慌てていました。

「あなた日本から帰ってきて14日ですね。」

 

昨日もそれ言われたけど、3月1日に戻って来てるから、自主健康管理の14日は過ぎてるんだけどな。と思いながら、「そうです。でも熱も平熱なんできっと大丈夫ですよ!」と相手を落ち着かせるためにいったのですが、場が和むこともなく、その場で検温されました。

 

台湾ではおでこに当ててピッとなる体温計をよく使うのですが、それで測ったらまた平熱でした。

 

すると彼女は「ちょっと待って下さい」と、今度は耳で測る体温計を出してきて、測りなおしました。すると少し熱が上がっていました。

 

当たり前ですよね、計測器変えましたから。

さっきのは何だったんだ?と思いました。

 

連続して測る意味がまったく、わかりませんでした。

 

「マスクは絶対に外さないで、そのまま受付に行って下さい」と言われ、返却された保険証を見ると、小さな黄色のシールが貼られていました。

 

ああ、Warningの国から来た人ってことですね。

 

受付のお姉さんはいつもの顔見知りなので、普通に対応してくれました。

 

患者さんの数がいつもより全然少なくて、すぐに呼ばれました。

 

前にも風邪やアレルギーで診てもらったことがある先生に、昨日の別の診療所の経緯を話すと、看護士さんに指示して検温してくれました。

 

最初は平熱だったのですが、その看護士さんもすぐにまた検温しようとしました。

 

先生が「後でもう一度測って」と言ったら、やめてくれましたが。

 

私が先生に向かって「緊張します~!!」というと、日本語で「緊張しなくて大丈夫」と返事してくれ、それから聴診器で肺の音も聞いてくれました。

 

もう14日経ってるし、今のところ問題はないけど、念のため胸のレントゲンと心電図をとりますと説明があり、看護士さんに連れられて検査してもらいました。

 

心電図をとる前に担当の看護士さんに「あー良かった!働いてた時は健康診断で心電図とってもらえたけど、台湾来てからとってもらったことないから」といったら、「えっ、(日本だと)健康診断でやるの?」と聞かれました。え、どういう事?

 

どちらの結果もすぐに出て、「問題ないです。もう14日も経ってるし、大丈夫でしょう」との事でした。

 

看護士さんがそこですかさずまた検温します。

緊張していたせいか、熱が少しだけ上がりました。

それでもまだ37度には到達しません。

 

診察も終わりに差し掛かりましたが、この先生も鼻も喉も診てくれません。

 

なぜ咳が出るのかわからず終いです。

私はそもそも、なぜ咳が出るのかが知りたかったのですが、そこは相変わらずモヤモヤとしたままです。

 

先生に本来の目的だった「明日の教育実習に行って良いですか?」を聞くと、「それは休んでください。薬出しますから、もう3日自主健康管理をして、熱が一度も出なければ行っていいです」と、そこだけはキッパリと断言されました。

 

お医者様は、あまり病名を仰らない方が多いですよね。

 

私はみんなから何で休むのか聞かれると面倒くさいので、これは花粉症ですか、なんでしょうか?私はこうじゃないかと思うのですが、ちがうのですか?といろいろ聞きましたが、先生はどれもそうとは仰らないので、最後に「先生、これはいったい何なんでしょうか?風邪ですか?」と、迫ると、「そうですね」という回答をようやく得られました。

 

ちなみにネットなどでいろいろ調べてみると、風邪という病気はなくて、何だか良くわからないけどいろいろ症状だけ出ているものを風邪と呼んでいるそうです。

 

なぜ風邪なのに実習に行っては行けないんでしょうか?

もう14日は経過しているのに?

レントゲンも心電図も問題なくて、空咳が出ているだけなのに?

 

ずっと台湾にいたら、たぶん「風邪ですね」で済んでる話で、ここまで大騒ぎになってないんですよね?と考えたら、

 

もうこんな気持ち悪いグレーなら、いっそのことPCR検査やってよ!

鼻に綿棒シュッてやるだけですよね?

痛そうだけど我慢しますよ!!と思ってしまいました。

 

日本の現状がどうなのかわかりませんが、少なくとも台湾で診ていただいたお医者様二人とも、私の喉や鼻を一度も見る事なく薬処方してます。私は咳で困ってるんですよねー。へんなの。

 

一緒に教育実習を受ける予定だったグループに急いでLINEを通して、明日実習に行けないと連絡すると、

「いつから具合が悪かったの?」

「何でもっと早く言わないの?」

「準備は終わってるの?」

「無責任じゃない?」

「急に休まれちゃ困るから、お願いだから来て!」などなど、ブーイングの嵐で、誰ひとりとして私の体調を気遣うとか、気持ちを汲み取ってくれようという子がいませんでした。ほんと凹みます。

 

私が限りなくシロに近いグレーだから良いものを、誰が好き好んでそんな急に病気になるか!とやり場のないストレスを受けました。

 

今夜も甘いお菓子が止まりそうにありません。こうして私は台湾で太っていくのでしょう。

 

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